B級恋愛
「相崎さん」

職場を出ると声をかけられた。プール近くの喫煙所に市川の姿を見つけた。

「市川さん、お疲れさまです」

こう返し彼の側に近寄ると取り出したばかりであろう吸っていたタバコを灰皿に押し付ける。

(そのままでいいのに…)

こんな事を思ったが口には出さなかった。
こういう仕草はすごく紳士的だと思う。いや―――紳士なのだ。口さえ開かなければ。

(こういうところにも騙されるんだろうな)

こんな思いが頭の中を掠めた。

それからしばらく他愛ない話を二人でした。気づいたら明かりは薄暗くなりはじめている。

「そろそろ帰りますね」

「ん?ああもうそんな時間か…」

杏子に言われて腕時計を見る。いい加減自分も帰り支度をしなければならない。

「…気を付けて…帰れよ」

「はい、お疲れさまでした」

こう返して笑みを浮かべるとヒールを鳴らして車の方に向かっていった。

暗闇に身を委ねる。子供の頃はただ怖かっただけの暗闇も今は落ち着く時間をくれる存在だ。
そっと目を閉じる。一日の事がリフレインされる。相変わらず失敗ばかりの一日立ったように思う。
けれどそれから落ち込むことはなくなったと思う。考えてみれば結婚を妹に越されてからなるようになれと思う毎日だ。辛くならないと言えば嘘になる。しかしどうにもならないことだってあるのが現実だ。とくに結婚というような他人を巻き込む事柄に関しては。
あっぴろげの窓から梅雨の夜風が入り込んでくる。ひんやりとした感触が湯上がりの肌に当たり心地よい。身体を冷やさないようにタオルケットをかけ直すと微睡みの中に身を委ねた。
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