罪深き甘い囁き
エレベーターが誰もいない地下1階で静かに止まると、響は何も言わずに私の手を引いて降ろした。
ふと見た響の左手に光るエンゲージリング。
誰かのモノである証が、胸を締め付ける。
私が見ていることに気付いた響は、自分の指からリングを抜き取ると、私からもリングを外した。
「――ちょっと、響!?」
裸になった、ふたつの左手薬指。
「今だけでいいから」
不意に抱き締められた。
懐かしい腕の強さ、胸の温もり。
響の鼓動。
「南……」
切ないほどにかすれた響の声が、私の心を揺らす。
今だけならいいよね。
今だけだから……。
罪を軽くしようとする言い訳。
逃れようとすれば出来るはずなのに、私にはそれができなかった。
重ねられた唇は既に熱くて、空白の2年間を埋めるには十分すぎるほどだった。
原くんの顔も響の奥さんの存在も、罪悪感ごと消し去って行く。
止められなかった。
胸の奥底に秘めた想いも、深くなるキスも。
脆くも崩れ去った理性。
「今だけなんて言わないで……」
切実な願いは、吐息と共に溶けていく。
儚いと知りつつ、言わずにはいられなかった。
「南……離したくない」
響の甘い囁きが、私達の罪を一層深くした。
―罪深き甘い囁き fin―