罪深き甘い囁き
そこで見かけた余りにも美しい彼の立ち姿、俯き加減の横顔に視線を釘付けにされた。
甘い蜜を求める蜜蜂のように彼に吸い寄せられ、気付いたときには自分の唇を重ねていたのだ。
『あそこの図書館じゃないと、ない本なの』
『リクエストしていた本が届いたらしいの』
何かと理由をつけ、巧とのデートの終わりに、ここへ駆けつける。
彼の名前は知らない。
年齢も職業も知らない。
ただ知っていることは、彼もこのキスを求めて、ここへやってくるということ。
そして彼もまた、恋人同伴で来ているということ。
それだけ。
それでよかった。
他には何も知らなくていい。
互いに人のモノという後ろめたさ、互いの恋人にいつ見つかるかというスリルが、私たちを一層燃え上がらせた。
静まり返った空間で私たちを取り巻くのは、唇が触れる湿気を含んだ音だけ。
他の存在すら忘れ去っていた私達の遠くで、ふと、巧が私を探して小さく名前を呼ぶのが聞こえた。
次第に近づく足音。
まだそっちには戻りたくないの。
この異空間に酔いしれていたい。
彼も同じことを思ったのか私の身体を更に引き寄せ、通路から死角になっている場所へ身を潜めた。
そして、続けられる秘密の口づけ。
巧は知らない。
この図書館には、巧には近づけない空間があることを。
-理由。fin―