罪深き甘い囁き
そして、カウンターの前を通り過ぎ、奥の化粧室に手を掛けた時だった。
後ろから身体ごとさらわれるようにトイレの中に押し込められた私。
懐かしい香りに包まれて、胸の奥がジンと熱くなる。
「久しぶりだな」
後ろから抱きすくめられたまま、耳元に届いた彰の声。
「覚えていないのかと思った」
「そんなわけないだろ」
言うなり唇を塞がれた。
二人の時間が一気に巻き戻る。
彰が化粧室の鍵を掛けたことで、完成された密室。
私のツボを押さえた口づけは、私の心も身体も支配していく。
付き合い始めたばかりの今の彼とは、まだキス止まり。
そのキスも、どこか満足できなくて。
彰のキスを思い出しては、溜息を吐いていた。
「綾、大丈夫か?」
ノックと共に聞こえた、彼の声。
彰に抱き締められたまま、濡れた唇で「大丈夫よ」と答える。
耳たぶを甘噛みされて漏れた吐息に、「本当に大丈夫か?」と心配する彼。
本当は全然大丈夫じゃない。
今にも彰の全てを欲しくなってしまった。
だからお願い。
止めた時間を動かさないで。
「……綾」
甘い囁きにキスで答えた。
―惑う過去、溺れるキス fin―