ビギナーズ・マジック
憧れのひとは・・・・
皆さま、初めまして。わたし、珠洲・ユーフォリアと申します。
太陽系から遠く離れた此処・エデンで暮らす学生十六歳です。生まれは地球で、エデン人と地球人のハーフでございます。母から聞き及んでいた亡父の故郷に憧れて一年前にエデンにやって参りました。東大陸に降り立つはずが、申請ミスで西大陸のイルティカに降りてしまいました。これが、波乱万丈の始まりで・・・。
「現実逃避か、この野郎」
思い切り左頬を引っ張られた。椅子に立つ茶髪の小さな少年に。
「やめへよう」
「何度同じ失敗を繰り返す!?言ったよなおれ。絶対にお前は手エ出すなって」
紺色の双眸がきりきりと鋭く尖る。
「ごめんなさい、すみません、申し訳ございませぬっ」
こめかみを拳で圧迫されて、悲鳴混じりで謝り倒すと少年は深いため息をついた。
「・・・この魔法、元に戻るのに三日は掛かるっていうのに」
「だって」
唸りながらも主張する。
「心配だったんだもん」
まだ反抗するかと眉を顰めていた彼は、唇を噛み締めて俯く珠洲の姿に視線を逸らすと髪をがしがしとかく。
「おまえみたいな素人魔道士に心配されるほどおれ、落ちぶれてない」
「ゔ・・・」
辛辣な物言いをされて少し凹む。事実だけに言い返すことは出来ない。
「とにかく、おれが元に戻るまで大人しくしてろよ。妙なトラブルに巻き込まれたりするな」
「いつだってそのつもりだけど」
「つもりだけなら、意味ない」
言い切る彼に、うな垂れてハイ、と答えた。
盛大なため息をついて椅子の上から飛び降りる小さな背中を見つめて、珠洲は改めて自身の失態を自覚する。
(せっかくの休日だったのに・・・)
ほんの少し前までは、目の前に落ち着いた物腰の青年が珠洲の隣りにいたのだ。艶のある茶色の髪と優しげな紺の瞳をした端正な容姿の彼が微笑む姿を思い出し、珠洲は再び沈み込む。
(シュウさんの方がいい)
いや、この小さな彼も彼であることに違いないのだけれど。
シューイン・ルバス。調理の腕を買われて二十代前半の若さで学園通りに面したカフェレストの店長を任されている青年だ。
「ああ・・・レオに店頼まないとな。予約客のコース料理の仕込みもあるし、助人頼んだ方がいいのか?」
ぶつぶつと呟く背中を見つめ、珠洲は椅子から立ち上がった。
「レオナルドさんに連絡してくるよ」
「いい」
振り返るシューインはだから、おまえは動くなと言うのだ。
(信用ないなあ・・・)
いつもの彼ならここは、
『珠洲は僕の傍に』
にこりと微笑んでそう言うだろう。
(ん?結局任されてないんじゃ)
物言いは違うだけで、同一人物であることに変わりない。
「―――トリサン」
シューインの呼びかけに店内の奥から緑色の鳥がすい、飛んできて彼の腕にとまる。
「レオに緊急招集、あとミレイに臨時で厨房に入れるか聞いて、もし無理ならフレイラ嬢に舞台要請してきてくれ」
彼にしか懐かない使い魔の鳥は、愛らしく一声鳴くと開け放たれた窓から飛び立った。
「・・・あの」
「ん」
振り返る幼い少年に、珠洲は、
「呼ぶの。―――フレイラ姫」
「今回のコース料理はレオだけじゃキツイ。ミレイが来れないなら、彼女の歌で時間を稼ぐしかない」
フレイラは、イルティカで人気急上昇中の若い歌姫だ。引く手数多の彼女だけれど、『ロンティーヌ』の出演要請はかなりの高確率で快諾してくれるらしい。
理由は、分っている。
「・・・なに膨れた面してんの?」
「だって・・・」
彼女は八頭身の美女だ。真珠の光沢を持つ腰まで届く真っ直ぐな髪、憂いを帯びたミスティーパープルの瞳、白磁の肌、瑞々しい唇、なによりその魅惑の声。
一度だけ交わした会話を思い出し、俯くその額をシューインは軽く小突く。
「いっちょうまえに、気後れか?」
「そ、そんなんじゃ」
妖しいほど甘い双眸を細めて彼女は珠洲を睥睨していた。
『―――マスターは、誰のものでもないわ』
細く長い指を珠洲の頬に滑らせたあと、最後に唇を弓なりにしたけれど、彼女は決して笑いはしなかった。
『ね。そうでしょ』
半月ほど前に出会ったばかりの歌姫の姿を思い出し、珠洲の頬がぶうっと膨れる。
「・・・シュウさんは、大人だもん・・・」
ぼそっと呟き落とすが、シューインには聞こえていないようで、さっと椅子の上から降りる。
「それじゃあな」
「え?何か用事あったんじゃ」
珠洲に見せたい場所があると、彼は数日前に手紙をくれたのだ。
「こんななりじゃ無理」
両手を広げて自身を見下ろすと彼は肩を竦め、素っ気なく帰るよう告げると店内の奥へと歩いていった。
「そ・・・そんなあ・・・」
珠洲はがっくりと肩を落とした。
太陽系から遠く離れた此処・エデンで暮らす学生十六歳です。生まれは地球で、エデン人と地球人のハーフでございます。母から聞き及んでいた亡父の故郷に憧れて一年前にエデンにやって参りました。東大陸に降り立つはずが、申請ミスで西大陸のイルティカに降りてしまいました。これが、波乱万丈の始まりで・・・。
「現実逃避か、この野郎」
思い切り左頬を引っ張られた。椅子に立つ茶髪の小さな少年に。
「やめへよう」
「何度同じ失敗を繰り返す!?言ったよなおれ。絶対にお前は手エ出すなって」
紺色の双眸がきりきりと鋭く尖る。
「ごめんなさい、すみません、申し訳ございませぬっ」
こめかみを拳で圧迫されて、悲鳴混じりで謝り倒すと少年は深いため息をついた。
「・・・この魔法、元に戻るのに三日は掛かるっていうのに」
「だって」
唸りながらも主張する。
「心配だったんだもん」
まだ反抗するかと眉を顰めていた彼は、唇を噛み締めて俯く珠洲の姿に視線を逸らすと髪をがしがしとかく。
「おまえみたいな素人魔道士に心配されるほどおれ、落ちぶれてない」
「ゔ・・・」
辛辣な物言いをされて少し凹む。事実だけに言い返すことは出来ない。
「とにかく、おれが元に戻るまで大人しくしてろよ。妙なトラブルに巻き込まれたりするな」
「いつだってそのつもりだけど」
「つもりだけなら、意味ない」
言い切る彼に、うな垂れてハイ、と答えた。
盛大なため息をついて椅子の上から飛び降りる小さな背中を見つめて、珠洲は改めて自身の失態を自覚する。
(せっかくの休日だったのに・・・)
ほんの少し前までは、目の前に落ち着いた物腰の青年が珠洲の隣りにいたのだ。艶のある茶色の髪と優しげな紺の瞳をした端正な容姿の彼が微笑む姿を思い出し、珠洲は再び沈み込む。
(シュウさんの方がいい)
いや、この小さな彼も彼であることに違いないのだけれど。
シューイン・ルバス。調理の腕を買われて二十代前半の若さで学園通りに面したカフェレストの店長を任されている青年だ。
「ああ・・・レオに店頼まないとな。予約客のコース料理の仕込みもあるし、助人頼んだ方がいいのか?」
ぶつぶつと呟く背中を見つめ、珠洲は椅子から立ち上がった。
「レオナルドさんに連絡してくるよ」
「いい」
振り返るシューインはだから、おまえは動くなと言うのだ。
(信用ないなあ・・・)
いつもの彼ならここは、
『珠洲は僕の傍に』
にこりと微笑んでそう言うだろう。
(ん?結局任されてないんじゃ)
物言いは違うだけで、同一人物であることに変わりない。
「―――トリサン」
シューインの呼びかけに店内の奥から緑色の鳥がすい、飛んできて彼の腕にとまる。
「レオに緊急招集、あとミレイに臨時で厨房に入れるか聞いて、もし無理ならフレイラ嬢に舞台要請してきてくれ」
彼にしか懐かない使い魔の鳥は、愛らしく一声鳴くと開け放たれた窓から飛び立った。
「・・・あの」
「ん」
振り返る幼い少年に、珠洲は、
「呼ぶの。―――フレイラ姫」
「今回のコース料理はレオだけじゃキツイ。ミレイが来れないなら、彼女の歌で時間を稼ぐしかない」
フレイラは、イルティカで人気急上昇中の若い歌姫だ。引く手数多の彼女だけれど、『ロンティーヌ』の出演要請はかなりの高確率で快諾してくれるらしい。
理由は、分っている。
「・・・なに膨れた面してんの?」
「だって・・・」
彼女は八頭身の美女だ。真珠の光沢を持つ腰まで届く真っ直ぐな髪、憂いを帯びたミスティーパープルの瞳、白磁の肌、瑞々しい唇、なによりその魅惑の声。
一度だけ交わした会話を思い出し、俯くその額をシューインは軽く小突く。
「いっちょうまえに、気後れか?」
「そ、そんなんじゃ」
妖しいほど甘い双眸を細めて彼女は珠洲を睥睨していた。
『―――マスターは、誰のものでもないわ』
細く長い指を珠洲の頬に滑らせたあと、最後に唇を弓なりにしたけれど、彼女は決して笑いはしなかった。
『ね。そうでしょ』
半月ほど前に出会ったばかりの歌姫の姿を思い出し、珠洲の頬がぶうっと膨れる。
「・・・シュウさんは、大人だもん・・・」
ぼそっと呟き落とすが、シューインには聞こえていないようで、さっと椅子の上から降りる。
「それじゃあな」
「え?何か用事あったんじゃ」
珠洲に見せたい場所があると、彼は数日前に手紙をくれたのだ。
「こんななりじゃ無理」
両手を広げて自身を見下ろすと彼は肩を竦め、素っ気なく帰るよう告げると店内の奥へと歩いていった。
「そ・・・そんなあ・・・」
珠洲はがっくりと肩を落とした。
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