あの頃の私は知らない。
しゃがみ込んだ園田くんの隣、ギターケースの中身をそっと覗き込む。
茶色のアコースティックギター。園田くんが人差し指の背を使って弦に触れると、ぼろんと音がした。
「でも」
声変わり途中のまだ少し高い声。隣を見れば園田くんは、にっと笑う。
「それがもし叶ったら、相当かっこよくない?」
朝日が降り注ぐ音楽室、人のいない静かな校舎、アコースティックギターの音色の余韻。
出来ない理由探しをする臆病な私と、やらないという選択肢を持っていない彼。
それがその一言にすべて詰まっているような気がして、心がぎゅっとなった。
「それは確かに、ちょっとかっこいい」
ぽつりと呟いて私も弦にそっと触れる。ぼろん、音が鳴る。でしょ、と得意げに笑った園田くんに、もう一度心がぎゅっとなった。
ミンミンと鳴きはじめた蝉の声、じわりとかいた額の汗、白いブラウス。
世界が一回転して、生まれ変わったみたい。
見慣れたいつもの光景が、鮮やかにきらきらして見えた。