あの頃の私は知らない。
そう言いながらピアノに掛かっている黒い布を取る。
蓋を開けて、赤色のカバーも畳んで左端に置いた。
椅子に座ってペダルに右足を置く。
園田くんは椅子とギターを持ってきて、私の右側に座った。
「じゃあ、適当に弾くね」
「はーい」
咄嗟に浮かんだ曲を弾いた。最近は合唱コンクールの伴奏の練習ばかりだったから、気分転換だなと思う。
じゃん、じゃん、と覚束ないギターの音が聞こえる。適当に弾くと言ったあたり本当に適当で、園田くんは色んなコードを一定のテンポで弾いていた。
首振り設定にしてある扇風機、モーツァルトとバッハとベートーヴェン、無造作に置かれたメトロノーム。
朝日で出来た窓の影が、細長く床に伸びていた。
最後の小節を弾く。
ちらりと園田くんを見ると、園田くんも私を見ていて、目が合うと笑顔を浮かべた。
息を合わせて、じゃーん、と最後の和音を弾いた。
綺麗な和音にはならなかったけれど、タイミングは揃った。
それだけで、ものすごく嬉しかった。