あの頃の私は知らない。



そう言いながらピアノに掛かっている黒い布を取る。

蓋を開けて、赤色のカバーも畳んで左端に置いた。

椅子に座ってペダルに右足を置く。

園田くんは椅子とギターを持ってきて、私の右側に座った。



「じゃあ、適当に弾くね」

「はーい」



咄嗟に浮かんだ曲を弾いた。最近は合唱コンクールの伴奏の練習ばかりだったから、気分転換だなと思う。

じゃん、じゃん、と覚束ないギターの音が聞こえる。適当に弾くと言ったあたり本当に適当で、園田くんは色んなコードを一定のテンポで弾いていた。


首振り設定にしてある扇風機、モーツァルトとバッハとベートーヴェン、無造作に置かれたメトロノーム。

朝日で出来た窓の影が、細長く床に伸びていた。



最後の小節を弾く。

ちらりと園田くんを見ると、園田くんも私を見ていて、目が合うと笑顔を浮かべた。



息を合わせて、じゃーん、と最後の和音を弾いた。

綺麗な和音にはならなかったけれど、タイミングは揃った。

それだけで、ものすごく嬉しかった。



< 23 / 40 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop