あの頃の私は知らない。
当たり前だ。だって私は今、彼のことを真正面から否定しているのだから。
「そんなものに縋る意味ってなに」
意味なんて、そんなものはない。ただ大人になってしまったんだ。
今でも音楽は好き。その気持ちは変わっていない。
でも、音楽をしたいっていう情熱みたいなものは、心の奥の奥の奥の、そのまた奥のほうにぎゅっと小さくして仕舞ってある。
そしてきっと、あの夏に感じた気持ちは時が経つにつれて風化されてしまった。
何も言えなくなった私を見て、彼はそっと目を伏せた。
「……今度、ライブやるんだ。来てよ」
「え」
驚いて、何とも場違いで間抜けな声が出た。口元に少し笑みを乗せた彼は、小さく息を吐く。
「ずっと宇佐美に近付きたくて音楽を続けてた。来てほしい」
「でも、私は……」
ライブに行ってしまったら、彼がギターを弾いているところを見たら、きっと私はどうしようもなく切なくなって、そしてまたあの夏に描いた夢の続きを追いかけてしまいそうだと、それがとても怖かった。