月下美人の咲く夜を
まだ夏の名残がある空気の、午後の閑静な住宅街。
そのうちの一軒に俺はいた。
「では、また何かありましたらいつでもご連絡ください。」
「ええ。いつもありがとうね、須賀さん。」
顧客のひとりであるマダムの所へ車検を終えた国産車を納車しに来た俺に向けられたのは上品な笑顔だった。
皺のある左手にはよく馴染んだ結婚指輪。
それが俺はなんだか羨ましく…
同時に胸がチクリと痛んだ。
ご主人とも仲が良く、定年を過ぎた今もふたりでドライブすることもあるというそのご夫婦はまさにおしどり夫婦と言えるだろう。
俺だって……そのはずだった。
そんな風に、仲良く歳をとるはずだったんだ。