月下美人の咲く夜を
翌日も変わらずに仕事をこなす。
彼女を失ってからずっと、ずっとそうしてきた。
何も手につかない日々も、仕事があったおかげでなんとか立っていられたようなものだ。
「おい、須賀。」
休憩中に店舗裏の喫煙スペースでタバコをふかしていると背後から声がかかり自然と振り向いた。
声の主は一瞬でわかった。
店長はどちらかというと接客向きじゃない低くてドスの効いた声だから。
「…はい、来客ですか?」
50代に間も無く手が届くその人は数ヶ月前に結婚したばかりだ。
まだ俺と変わらない20代だという若奥さんは、『何もかもから私を守ってくれる』と信じて結婚を決意したそうだ。
「いや、背中があんまり寂しそうだったからほっとけなかった。」
「………あぁ。すいません。」
気遣いや面倒見のいい店長らしく隣に並んで俺と同じようにタバコをふかし始めた指には手にした幸せの証が光る。
この人は入社以来ずっと俺の上司であり、咲月のことも当然知っている。
咲月を失ってからひとり寂しく過ごし続ける俺を、気にかけてはこうして声をかけ続けてくれているんだ。