月下美人の咲く夜を
「………須賀さん?」
車から降りて月を眺めたまま動かなかったことに、声をかけられて気づく。
「…あぁ、こんばんは。」
そこに立っていたのはアパートの大家さんで、60代を過ぎたであろう女性だ。
彼女は、何十年も前にご主人を亡くしてから残されたいくつかのアパートやマンションを管理している。
咲月のことも当然知るその佐藤さんはきっと、残された部屋に住み続ける俺がボーッと空を見上げてたから気になったんだろう。
「月がきれいだねぇ。」
彼女は同じように空を見上げた。
「…そうですね。」
静かに相槌を打つように呟くと、佐藤さんは視線を上げたままこう言った。
「………あんたみたいだよ。」
「…え?俺…ですか?」
思いもよらない言葉に驚いたけれど、佐藤さんは顔を上げたまま続けた。
「そう、あんた。
悲しみの誘うまま、心が地上の現実から離れてしまって戻れない。
戻る気にもならない。
光で地上を照らしているのに、それを見ようともしない。
哀しいね。
………私もそうだった。」
最後の言葉を自虐的にちょっと笑うように響かせ、佐藤さんは歩き出した。
「………俺は……………。」
「あぁ、責めてるんじゃないよ。
いつかは必ず、地上に降りられる。
想いが浄化されるのを、焦らず待って受け止めればいいんだ。」