月下美人の咲く夜を
終章

小春日和という響きが相応しい、店の休業日。

「これで終わりかー。」

「はい。」

「じゃ、新居へ行きますかー。豪邸なんだろ?」

「あはは…、はい。見事な8畳ワンルームですよ。あ、俺カギを大家さんに返してくるんで。」

「おお、オレは永井たち連れて向こう行ってっから。」

「お願いします。」

幻のような一夜を過ごしてから数週間。

俺は漸く引越しをした。

一人暮らしには必要ないものを思い切って処分すると、後に残ったのは僅かなものだった。

一歩前へ踏み出すことを喜んでくれた店長は、引越し屋を頼もうとしていた俺に対し、

『やってやるよ』

そう言って後輩たちを連れ張り切って手伝いに来てくれた。


あの朝………


リビングへ行くともう月下美人の姿はなく、咲月の残したノートだけがそこにあった。

何より、色を失っていたはずの景色には以前のように自然な色が灯っていて…

いつぶりかで感じる穏やかな朝だった。


『あなたの悲しみは私が持っていく』


確かに、取り戻した景色にはどこにも悲しみの澱んだ色はなかった。


そして心が、驚くほど晴れやかだった。


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