月下美人の咲く夜を
店長が実家から借りてきたというトラックに荷物を積み終え、玄関にカギをかけて駐車場に降りると見知った人影に出会った。
「あ、佐藤さん。今カギを持って行こうと………?」
その表情は思いのほか穏やかで、柔らかかった。
「あんた、地上に降りたんだねぇ。」
「………あ。」
『悲しみの誘うまま、心が地上の現実から離れてしまって戻れない』
そう言われたのを思い出す。
「…そう、みたいです。
前に進む決心がつきました。」
しわしわの掌にカギを渡すと、彼女はただ微笑んで立ち去った。
「………あ。佐藤さん。」
ゆったり歩く小さな背中に声をかけるとその足取りがひたりと止まった。
「あなたは…どうやって地上に降りたんですか?」
すると、少し考えるように止まったままの佐藤さんは振り向いて、さらりと答えを返した。
「月がえらく綺麗な夜に………
あの花は咲いたんだ。」
「………!?え、あの?」
目を丸くする俺に対し佐藤さんは、黙って微笑みを浮かべて帰って行った。
『あの人も育てたことあるって言ってたよ?えーっと……。』
「…あの人のことだったか。」
だんだん小さくなる後ろ姿は、悲しみを乗り越えこの先を生きる俺の未来なのかもしれない。
そう思えた。
「須賀さん、皆さん行きましたよ。
私、乗せていただいてもいいですか?」
気づくと背後には、少し恥ずかしそうに吉野さんが立っていた。
「あれ?吉野さん残ってくれてたの?」
「店長が、須賀と一緒にコンビニで飲み物調達してきてくれってコレを。」
その手にはヒラリと、一万円札が渡されていた。
「おお、店長さすが。じゃ、死ぬほどコーヒー買っていこっか。」
くすくすと笑う吉野さんを助手席に促し、俺も運転席に座った。
左手を伸ばすことはもうない。
隣のこの子が大切な存在になる気も今はしていない。
ただ……ただまっすぐに、
心が前を向いていた。
今はその一歩が充実していた。
穏やかな小春日和。
空には、高く高く薄月が浮かんでいた。