ぼくらのストロベリーフィールズ
ある時、急に母が部屋に来たようだった。
しかもわざわざタクシーで。
のばらからそのことを聞いたとき、僕は嫌な予感しかしなかった。
行きたくはなかった。何も知りたくなかった。
のばらや尚紀、そして新しくできた友達やバイト仲間との生活を僕は思いのほか楽しんでいたのだ。
でも、あのクズ男のことを思い出すと、僕は母に会わなければいけないと思った。
悪あがきとして、実家に帰る直前。
達也さんに協力してもらって、のばらとデートすることにした。
牧場で無邪気にはしゃぐ彼女は可愛かった。
達也さん一家に久々に会えたことも嬉しかった。
おかげでこれから直面するだろう嫌なことを考えなくて済んだ。
展望台で、のばらに家族についての意見を聞いてみた。
もし両親が離婚したらどっちについていくか。
父親に新しい女ができてもいいか。
その新しい女がクズだったらどうするか。
自分が家を出ていくことになっても本当にいいのか。など。
彼女の結論はこうだった。
『だったら私も彼氏作って、その彼氏と一緒に暮らして幸せになる!』
面白くて笑ってしまい、のばらに怒られたけど。
この時、なぜか僕はのばらと幸せに暮らす自分を想像してしまった。
しかし、ワクワクするその想像は、母から告げられた言葉によってかき消された。
『実は、まだ誰にも……あの人にも言ってないんだけど、できちゃったの。子どもが』
幸せそうな表情をした母を目の前にして、僕はこう伝えることしかできなかった。
『産みたきゃ産めばいいじゃん』と。
さすがにあのクズ男も、妊婦に暴力をふるうことはないだろう。
母が殴られることなく無事に生活できるなら、それでいい。
家を追い出されてもなお、母の心配をしてしまう自分はおかしいのかもしれない。
あの男との子どもができたという事実にはショックを受けた。
だけど、その事実を一番に僕へ伝えてくれたことが、嬉しかったのだ。