ぼくらのストロベリーフィールズ
水色の空を割るように、ひこうき雲が伸びていく。
母はゆっくりと話を続けた。
「あの時、母さんね。自分のことばっかりで。父さんとのばら――家族のこと全然考えられてなかった」
「…………」
「父さん出張多くなって、暇でパート始めたんだけど。エリアマネージャー、あ、偉い人がね。母さんの元同級生で。昔あこがれていた人で」
「……あっそう」
「何? やっぱり興味ないんだ」
「聞きたくないよ。親の浮気の言い訳なんて」
そうだよね……と母はため息を吐きながら、グラスの麦茶をすする。
木々が揺れる音と風鈴の音に、スマホのバイブ音が混ざった。
『明日バイト入れない? 店長が噴火しそう』という、一吾くんからのラインだった。
噴火って……と笑いそうになった時、隣から鼻水をすする音がした。
私は慌てて母を見た。
そこには両手で顔を隠した母がいた。
涙が指の隙間から次々とあふれている。
「ごめんね……急に。……っ」
肩を丸めて弱々しく泣くその姿は、母という存在ではなく、ただの中年のおばさんに見えた。
「謝ったの? お父さんに」
「ううん」
「本当に戻りたいんだったら、私を通してじゃなくて直接お父さんに言ったら? 仕事無理しないでとか、そういうのもさ」
「無理でしょ。だって私は……」
「泣くほど後悔してるなら、ちゃんとお父さんと話せばいいのに」
再び風鈴の音がして、私はそれ以上の言葉を飲み込んだ。
母は肩を震わせて泣いたまま。
私がここに来たのは、母に家へ戻る意思があるかを知りたかったから。
母に帰ってきてもらえば、私は一吾くんの家から出ていける。
そんな、不純な動機でもあるんだけど。
「お父さん、明日いったん帰って来るよ。どうする?」
思いがあるのに逃げようとしている母を、ほっとくことができなかった。