臆病者達のボクシング奮闘記(第五話)
「有馬、構わず左だ。右クロスを狙われても打つんだ」
梅田がそう言うと、有馬は二度小さく頷いた。
スパーリングが再開された。
有馬が左ジャブを伸ばすと、大崎は頭を左下に沈めながら、右ロングフックを放っていた。右のクロスカウンターだ。
有馬は右グローブでこれを防いだ。
梅田が怒鳴った。
「そんな萎縮したジャブじゃ駄目なんだよ。相手を下がらせるような、生きたジャブを打たなきゃ意味ねぇんだぞ」
有馬は再び二度頷き、すぐに視線を大崎に移した。怒鳴られた本人は納得しているようである。
大崎はこのスパーリングを、右クロスカウンターの練習と割り切ったのか、長身の有馬に対してあえて接近せず、ロングレンジ(離れた間合い)で戦っていた。
有馬が左ジャブを放つ。
カウンターのタイミングを取り損ねた大崎は、慌てて両ガードを上げ、ブロックで防いだ。
バスンとグローブ同士の当たる音が練習場に響く。
「いいぞ有馬! 他のパンチはいいから、今のジャブだけを意識しろ」
褒める時も梅田の声は大きい。