ウサギとカメの物語
斯くして。
午後を迎えた私は、相も変わらず神田くんの動向を見逃すまいと睨みをきかせるのだった。
彼がちょっと席を立つと追いかけるように私も席を立つ。
彼の行き先はプリンター。
なんだ、事務所から出るんじゃないのね。
彼がまた席を立ったから、私も席を立つ。
今度は事務所から出たから、給湯室、はたまた外に置いてある自販機かしらと期待に胸を膨らませるも、行き先は男子トイレ。
さすがにそこまでは追いかけられません。
彼がまたまた席を立つ。私も席を立つ。
事務所から出た!
よし、今度こそ!
神田くんの細身の背中を追いかけていると、どうやら行き先は外の自販機。
ついに2人きりになれる!
……と思っていたのに。
自販機の前には須和という先客がいた。
神田くんがカメ男に気づいて、ペコッと頭を下げて「須和さん、お疲れ様です!」と挨拶している。
ヤツはコーンポタージュの缶を片手に、携帯をいじっていた。
その横で神田くんも自販機に小銭を入れてホットココアを購入している。
カメ男~、早くポタージュ飲み終わらんかい!
神田くんに話しかけられないよ~!
自販機からちょっと離れたところで、一応隠れてるつもりで壁際に背中をつけてカメ男と神田くんを見ていたけれど。
ふと顔を上げたカメ男が
「そこで何してるの?」
と、あろうことか私に向かって話しかけてきた。