ウサギとカメの物語


なんで声なんてかけてくるのよ~!
ほら、神田くんだって不思議そうに私のこと見てるじゃない。
こんなに寒いのにカーディガンも着ないで外に出てきてしまった自分が憎い。
そして本当に寒い。


「大野さんも休憩ですか?」


屈託のない笑顔で神田くんにそう言われて、私は慌ててうなずいて見せた。


「うん!そうなのそうなの。たまには甘いミルクティーでも飲みたいなぁなんて思ってさ!」


言いながら、しまった!と思い出す。
お財布を事務所の自分のデスクに置いてきてしまった。
ただ追いかけてきただけだから、何か飲み物を買うという発想すら無かった。


私がその場から動かないので、不思議そうに首をかしげながら神田くんが尋ねてくる。


「どうしました?」

「あー……、いや、その……」


まさか今この場で、あなたを追いかけてきた、なんて言えるわけないし。


どうしようかと迷っていたら、カメ男がジャケットのポケットから小銭を出して自販機に入れた。
そして、温かいミルクティーの缶を私に差し出してきた。


「財布、忘れたんでしょ」

「ど、どうもありがとう……」


受け取りながらカメ男の顔をチラリと見上げると、ヤツは何かを言いたげにこちらを見下ろしていた。


そうこうしているうちに、神田くんはグイッとココアを飲み干して


「16時までの納品FAX送ってなかったんで、先に失礼します!」


って言い残して、駆け足でいなくなってしまった。


神田くんと2人きりになりたかったのに、カメ男と2人きりになってしまった。
こんなはずではなかったのに。


すると、カメ男がここでボソッと一言。


「不自然すぎる」


そう私に言ってきた。



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