ウサギとカメの物語
もうすっかりヤツはぬっくぬくの事務所に戻ったんだと思っていたから、まさかまだ私の隣にいたなんて気づかなかった。
いや、だってさっき私の前を通り過ぎたよね?
中に入っていったよね?
わざわざ戻ってきたってこと?
混乱してぐるぐる回る頭で、自分の状況を確認する。
私、もしかしてヤツのジャケットを肩に掛けてる?
てゆーか、ヤツが私の肩に掛けてくれたのか……。
ブラウス1枚で外に出るなんてあまりにも寒そうだと思ったんだ。
ドックン!と、心臓が強く脈打った。
「べ、別に寒くなんかないからさ、こういうことしなくていいって!」
と言いながらジャケットを剥ごうとした時、「ヘックション!」とくしゃみをしてしまった。
私の豪快なくしゃみを聞いたカメ男が少しだけ口元を緩める。
こいつ、笑いやがった。
私のくしゃみで笑いやがった。
ほら寒いだろ、って顔をして。
「もう少し厚着したら」
カメ男が口元を緩めたままそんなことを言ってきたので、言い返すことも出来ずに「ハイ」とうなずいた。
結局ミルクティーを飲み終わるまでの間、私はヤツのジャケットを借りたまま過ごした。
そしてやけにイライラしてしまった。
くっそ~!
こいつに不覚にもときめいてしまったではないか。
こんなはずじゃないぞ!
しっかりしろ、梢!
夢のオフィスラブはもっとかっこよくて素敵な相手とするんだから!
消えろ!さっきのときめき消えろ~!
そんなことを思いながら、ミルクティーを急いで飲んだのだった。