ウサギとカメの物語
神田くんとランチを終えて事務所に戻ると、なんだかちょっとザワついているというかピリついたムードになっていた。
事務課のみんなのデスクの上に、大量のゴミ袋。
そしてレジュメだらけ。
どこもかしこもレジュメだらけだった。
そしてその周りを取り囲む営業課の社員たち。
物々しい雰囲気が事務所内を漂っていた。
「何があったんですか?」
訳も分からず、とりあえず事務課のリーダーの真野さんに状況を確認する。
すると真野さんが困り果てた様子でため息をついた。
「さっきお客様からクレームが届いたのよ。明日の指定で依頼していた荷物が、先方にもう今日届いてしまっていた、って怒ってらしてね」
「わーお。でもこのゴミ袋とレジュメは一体……」
「もともと本来は今日が指定日だったんですって。でも一昨日、こっちに変更の電話を入れたみたいで。変更の手続きがされてなくて届いてしまったのね、きっと」
真野さんは自分のデスクからレジュメを1枚引っ張り出す。
それはコピー用紙で、誰かが印刷ミスしたもの。
裏面が無駄になるから、事務課でいつもメモ代わりに使っているのだ。
このレジュメは全てそれのようだ。
私たちはこの印刷ミスした無駄なレジュメを、ロス紙と呼んでいる。
そのロス紙を真野さんがピラッとひっくり返す。
殴り書きで、営業課の社員の名前と日時と会社名。
たぶん、電話でアポを取り次いだ時のメモだ。
「これを全てチェックして、犯人探しってわけよ。クレームだから上にしっかり報告しなくちゃならないから」
気が重そうな真野さんの横で、カメ男が早速ゴミ袋を開けて中を捜索している。
なるほど。
事務課のみんなとしては、そんな変更の電話を取った覚えがないということらしい。
そして、電話が入ったならどこかにメモを取っているはずだ。
そのメモの字を見れば誰が受けたのか分かるから、探さなくてはならないようだ。
たまに起きる、こういう事態。
たいてい事務課のせいにされる。
まぁ、実際こっちのミスということが多いから仕方ないのだけれど。
「コズちゃんと神田くんは、心当たりある?」
「いえ、私は覚えがないです」
「俺もです」
真野さんの問いかけに私と神田くんが首を振ると、「そうよねぇ」とまたため息をついた。