ウサギとカメの物語
真野さんは子供がいるからいつも定時で上がるけれど、さすがに今日は残るつもりでいたらしい。
時刻を過ぎてもデスクにへばりついて、レジュメを確認していた。
そこへカメ男が真野さんに何か声をかけているのが見えた。
少しばかりやり取りしたあと真野さんが申し訳なさそうに頭を下げて、今度は私たちの方を向いて
「みんな、申し訳ないんだけど……。子供がいるから先に上がらせてもらってもいいかな?」
と顔をうつむかせた。
「もちろんもちろん!こっちは任せてください!」
私と奈々が声を揃えてそう言うと、彼女は「ありがとう」と気を使ったようにうなだれながら、急いだ様子で事務所を出ていった。
たぶん、カメ男が真野さんに先に帰るように言ってあげたんだな。
そういう何気ないところがヤツのいいところだと実感した。
ポツポツと社員たちが帰り出した中、熊谷課長はまだ残っていて。
私たちを監視しているみたいだった。
真野さんが帰ってしばらくした頃。
もうジャケットを脱いでワイシャツ姿になったカメ男が、私たち事務課を集めた。
「提案。仕事を分けたい」
「分けるって?」
奈々が不思議そうに尋ねると、カメ男は私と奈々を指差して
「俺たち3人はみんなの今日の分の仕事を終わらせる」
と言い、残りの神田くんを含めた若手のみんなを指差して続けた。
「他のみんなには引き続き、確認作業してもらう。そうじゃないと終わらない」
「…………確かに」
私と奈々がうなずいたので、みんなも合わせるように同意してくれた。
このまま徹夜なんて絶対に嫌だし。
せめて電車が動いてる時間には帰りたい。
というわけで、私たちは今度は手分けして仕事をすることになった。