ウサギとカメの物語


美穂ちゃんの目からポロポロと涙がこぼれて、そして彼女はその場に座り込んでしまった。


「ごめんなさい……。家に帰って、このメモをポケットから見つけて……。忘れてた、って思い出してしまって……。本当に本当に、ごめんなさい……」


すすり泣く美穂ちゃんに「大丈夫だよ」って声をかけてあげようとしたら、熊谷課長が横からスタスタと足早に歩いてきて彼女の前に立ちはだかった。


涙を流したまま顔を上げた彼女に、熊谷課長は信じられない言葉をかけたのだ。


「バカ女」


この暴言に、全員固まる。


バカ女?
今、バカ女って言ったの、この人?


隣を見ると、カメ男でさえもメガネの奥の細い目を見開いて驚いていた。
そりゃ驚くよね、こんな信じられない暴言。


「お前のことは報告書にしっかり書いておいてやる。あとは必要ない。さっさと帰れ、バカ女」


課長はそう言い捨てて、とっとと自分のデスクに戻るとパソコンを開いてカタカタと冷静にキーボードを打ち始めた。


美穂ちゃんは声を上げて号泣してしまった。


「課長おおおおおおお捨てないでえええええええ」


って、余計なことまで言ってるし。


でも当の課長は彼女の方を見向きもせずに、パソコンを見つめたまま、「帰れ」と繰り返した。


「お前のような頭の悪い女は興味無い」


どっひゃー……。
そりゃ無いでしょ課長……。


トドメを刺された美穂ちゃんは、泣きながら事務所を飛び出していった。


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