ウサギとカメの物語
思い切って真野さんに昨日あった出来事を、ひとつ残らず全て話した。
時系列に、簡潔に。
でも熊谷課長が酷い言葉を美穂ちゃんに浴びせたことは事細かに。
だってそこが一番重要な気がしたから。
すると、驚いたことに真野さんは落ち着き払った様子で私の話を聞いていた。
「あのー……。真野さんはビックリしないんですか?熊谷課長の、そういう発言……」
思わずそう聞いてしまうほどに彼女は動じていなかったのだ。
真野さんはちょっと含んだような、なんとも言えない表情でコクンとうなずき、
「あの完璧すぎる立ち居振る舞いが、怪しいな~って思ってたのよね。課長に関しては」
とサラッと言うのだった。
「えぇっ、じゃあ性格は悪いって予想がついてたってことですか?」
「うーん、性格が悪いかどうかは私には決めつけられないけどね。女はね、40歳を越えるとだんだん人の本性が見ただけで分かるのよ~」
ただただ目を丸くしている私に、真野さんは「女のカンってやつね」と付け加えた。
「それよりも嬉しかったのは須和くんだわ」
と、彼女が突如持ち出したカメ男の話題に面食らう。
「須和ですか?」
「うん。彼の仕事ぶりは知ってたから。ちゃんと指示まで出せるようになったのね。安心したわ。だから私がいない時は彼にリーダー代理をお願いしたのよ」
真野さんの話を聞いて、そういえば、と思い出したことがあった。
ヤツは真野さんが1週間ほど仕事を休んだ時、リーダー代理に指名されていたんだった。
彼女はヤツのことを誰よりも見ていたらしい。
フフフ、と真野さんは嬉しそうに私にニッコリと微笑んできた。
「コズちゃん。外見が素敵な人よりも、中身が素敵な人の方がいいと思わない?須和くんみたいな素敵な人、なかなかいないわよ~」
「……………………………………あははは、そうですね」
自分が思っていた以上に、返事が遅れてしまった。
ついでに、その声は面白いくらいに掠れていた。
真野さん、あなたどこまで知ってるの?
って、なんだか不安になりながら。
そう思ってしまった私も私だ。
須和はただの同期なんだから。
ただ、それだけなのに。