ウサギとカメの物語


1週間ほど前に美穂ちゃんが起こしてしまったミスは、ちょっとした波紋を広げていた。


彼女はあのあと3日ほど体調不良ということで仕事を欠勤。
原因はあの場にいた人間なら分かるんだけど、明らかに熊谷課長しかいなくて。
課長はいつもの通り、あの冷たい一面をどの角度から見ても見つけられないほどに爽やかな笑顔でカバーしていた。
でも、どこで誰が話してしまったのかは分からないものの、美穂ちゃんと熊谷課長が付き合っているのかもしれないという噂は、あっという間に会社全体に広まった。


なんせあの時、彼女はこう叫んでいたから。
「 課長おおおおおおお捨てないでえええええええ 」って。


あれを聞いたら誰でも付き合ってるんだな、って思うよね普通。


課長は課長で言い訳とかすることもなく、まぁもちろん2番目の彼女なんて口が裂けても言えないだろうから、黙秘って感じだった。


その後出勤してきた美穂ちゃんは、秘書課の美女軍団にあからさまにイヤミを言われたりしていて、なんとか私と奈々がフォローしたりしているけれど……。
ものすごく落ち込んでいるのは目に見えていたし、ここから這い上がるのは彼女自身の力しかないと思う。
それを手助けしようと、神田くんがどうやら四苦八苦しているみたい。


あの日、号泣しながら事務所を飛び出した美穂ちゃんを追いかけた神田くんからは、彼女とどうなったのかという話は聞いていない。
私はあくまでも見守るしかないのだ。


「そういえば今から行く温泉の近くに美味しいおはぎを売ってるお店があるらしいけど、行ってみる?」


運転しながら田嶋がそんな提案をしてきたので、私と奈々は即座に「行く!」と声を張り上げた。


カメ男の返事は特に聞こえなかった。
きっと返事はしていないだろう。


もしかして寝てるのか?
後部座席から助手席に座るカメ男の肩を人差し指でツンツンとつつくと、私の方も見ずに


「なに?」


と言われた。


なんだ、起きてたのね。
なぜだか笑いそうになって、それを我慢して「なんでもない」と答えた。


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