ウサギとカメの物語


「須和ってさー、置物みたいだよね。いるのかいないのか時々分からなくなるっていうかさー」


私とカメ男の一言二言の会話だけを切り取って、奈々がそんなことを言っているのが聞こえた。


まったくもって同意見……だった。
少し前までは。
でもなんだか、最近はそんな風にも思えなくなってきたんだよね。不思議なことに。
でもその置物感は完全には拭えないんだけど、ヤツの存在感はそれなりに感じるようになってきたから。


こんなことを考えるようになってしまった私って、どこかおかしいのだろうか。
ゼロからスタートした分、プラスになることが大きかったのかなぁ。
いまだによく分からない。


「奈々、分かってないな。柊平の良さを」


と、田嶋が口を挟む。
彼の親友が貶められる前に、助け舟を出そうっていう寸法か。


「こいつは最高の聞き役なんだぞ。一家にひとり欲しいくらいだ」

「え〜、いらないよぉ」

「いや、欲しい!もらおう!」


奈々と田嶋のイチャイチャ1歩手前の会話。
聞いててこっちが「くぅ〜っ!」ってなる。
言わないけど。


だけど、田嶋が今言った「最高の聞き役」っていうのは、納得出来る。
確かにヤツは聞き方が上手い。
相槌の打ち方が上手いっていうのか、なんなのか。
そしてボソッとつぶやく感想みたいな言葉がちょっと胸に刺さるんだよね。


当の本人は何も発言しない。
きっと、どうでもいや、好きに話のネタにしてくれ、って顔をしてるに違いない。




そんな私たち4人を乗せて、田嶋の乗り心地の悪い車は温泉街へ向かっていった。









< 124 / 212 >

この作品をシェア

pagetop