ウサギとカメの物語


宴会場ではすでに社長や副社長などのお偉いさんたちが浴衣姿で上座に座って、他の社員たちが集まるのを待っているようだった。


綺麗に列になってお膳が並んでおり、旅館ならではの創作料理が小皿に盛られてあった。
それぞれの列の端には、大量のビールやウーロン茶などの飲み物もスタンバイされていて、早く乾杯しないかな、ってウズウズする。


私と奈々が適当に空いているところに座っていると、少し離れたところに田嶋とカメ男が座ったのが見えた。


「田嶋たち来たみたいだよ。移動する?」


私が奈々に話しかけたタイミングで、ドドドッと一気に他の社員たちが宴会場に押し寄せてきて、席がどんどん埋まっていった。
なぜか私たちの周りには秘書課の美女軍団が集まっている。
一瞬にして肩身が狭くなった。


「移動したかったけど……無理だわ」


悔しそうにつぶやいた奈々は栓抜きでビールの栓を手際よく開けて、「飲むぞ!」と私のグラスに注いでくれた。


「いいのいいの。社員旅行には期待してないから。クリスマスに頑張るからさ」

「ま、確かにそうだね」

「…………あ、熊谷課長じゃん」


奈々がふと顔を上げて、顎でしゃくって私を促す。
視線の先には熊谷課長がいた。
彼は私たちからまぁまぁ近い席に座っていて、課長の隣に知らない30代前半くらいの男性がいた。
おそらく他の支店の人なんだろう。
課長と仲がいいのか、2人でなにやら楽しそうに会話しているようだった。


なるほど。
熊谷課長がいるから、私たちの周りに美女軍団が集まってきたというわけか。
相変わらずの人気ですこと。


なんだか傍観者になった気分で課長を眺めてしまった。

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