ウサギとカメの物語
ワイワイ賑わう宴会場では、正直言うとカメ男との会話はまったく弾まなかった。
ヤツのボソボソつぶやく声は周りの大音量にかき消され、私の声は消されることはなくてもヤツには聞き取れず。
酔いどれ都ではキャッチボール出来ていた会話が成り立たない。
というか、ヤツと話す時はたいてい私が一方的にマシンガントークを打っ放すんだけど。
それが通用しなかった。
近くに座る熊谷課長とそのお友達の2人は美女軍団に囲まれ、やれイケメンだ、やれビールだ、やれイケメンだ、ってな具合にもてはやされていた。
その様子をぼんやり見ていたら、課長が一瞬こちらを見たような気がして慌てて目をそらした。
もう目なんて合うはずもないのに。
目が合っても何の感情も沸かない自分。
この1ヶ月で彼に対する気持ちが180度変わったなぁ、と実感した瞬間だった。
少し気分を変えるためにもトイレにでも行ってくるか、と思いついてカメ男には特に何も言わずに席を立った。
宴会場から程近い女子トイレに寄って、はぁ、とため息をつく。
つまんないなぁ、と。
もう少し静かなところで飲みたいな。
だってカメ男の声が全然聞こえない。
何か話してても口パクみたいに見えちゃって、それで笑ってたら呆れたような顔をしていた。
2人で飲んでたなら、きっと楽しかったんだろうなと思う。
私がずーっとひたすらしゃべり続けて、ヤツが相槌を打つ。
そんなに興味があるような聞き方ではないんだけど、それなりにちゃんと聞いてくれてるような姿勢は見せてくれるし。
そういえば、今日のヤツの私服。
車から降りた時にちゃんと見ることが出来た。
カーキ色のシンプルな長袖シャツに、濃い色のデニム。
言ってしまえば可もなく不可もなくという感じの、期待を裏切らない平凡なセンス。
あえて言うなら、2つくらい折り曲げた袖から見える腕がなんとも言えなかった。
うーん、男らしい腕っていうのかな。
あいつ、細身なんだけど意外といい体してるんだよね、実は。
いや、記憶の端っこにあるだけのどうでもいい情報なんだけどさ。