ウサギとカメの物語
トイレの鏡で自分の顔を見ていて、ふと気づく。
なんか……私、さっきからカメ男のことばっか考えてないか?
なんで?
なんでそんなに?
ヤツはなんでそこまで私の頭の中に入り込んでくるんだ?
あー、やだやだ。
お願いだからいなくなって、カメ男〜!
パンッ!と自分の頬を両手で軽く叩いて気合を入れる。
そして、なんだか気を緩めたら溢れそうな変な気持ちを閉じ込めた。
トイレから出て宴会場へ戻る途中。
宴会場のすぐそばに設置されている簡易喫煙所がある。
そこを通り過ぎた時、聞き覚えのある男の人の声が聞こえて思わず足を止めた。
熊谷課長が喫煙所の大きな灰皿の前に立って煙草を吸っていて、彼の隣にはさっきまで一緒に飲んでいた私の知らない他の支店の男性。
2人は煙を吐き出しながら、談笑しているようだった。
なんとなくその場から動けずに壁際に隠れていると、課長が話し出した。
「約束はちゃんと守ってくれるんだろうな」
「……あぁ、分かってるよ。まったくお前って本当に怖い男だよな」
「人聞きの悪いこと言うなって」
前にも聞いたことのある、ククク、という底意地の悪そうな笑い声を漏らした課長に対して、もう一人の男性が呆れ返ったように笑みを浮かべている。
「支店のみんなにも言っとくよ。お前が本社で5人落とした、って」
5人?
落とした?
私は頭をフル回転させて言葉の意味を考える。
まだ考え中の頭に、課長の声が響いてきた。
「本社で今年中に5人落とせたら30万、った話だったよな。しっかりみんなからかき集めてこいよ」
「了解」
えええええええええ。
課長。クソ課長。
今の話、人間のクズ話にしか聞こえなかったんですけどおおおおお。
女の子を賭けの道具にしてたってこと?
おおかた前にいた支店で。
お前本当にモテるよな、だったら本社に異動したら女の子どれくらい落とせるのか賭けでもしようぜ。さすがに5人は無理だろ。そうだな、5人落とせたらみんなで出し合って30万、お前に出してやるからさ!
……とかなんとか言って、みんなで盛り上がったんだろう。
私なんて危うく6人目になるところだったんだ。