ウサギとカメの物語
ドスドス足音を立てて席に戻ると、キョトンとした顔でカメ男が私を見ている。
ワイワイガヤガヤうるさい宴会場の中で、ヤツのその表情から声なき声が聞こえた気がした。
「何かあったの?」って。
もちろんそんなことをヤツは一言も発してないし、キョトン顔で私を見ているだけだ。
でも、そう言いたいんだな、って伝わってくるような顔をしていた。
途端に気持ちが和む。
あー、なんか平和だなー、って。
カメ男ってどうしてこういう時に、なんでも分かってくれてるような顔するかなぁ。
それはいくらなんでも反則だと思うんだけど。
しばらく何の反応も示さないでいると、やがて熊谷課長たちが一服を終えてこちらに戻ってくるのが視界の隅に映った。
なんか、すごく嫌だった。
どうせ2人で私のことを見て、「平凡だなー」「普通だなー」「大したことないなー」って微妙な判定結果を押し付けてくるんだから。
そう思うと無意識に顔をうつむかせてしまった。
くそぅ、やっぱりビンタしとけば良かったかな。
悔しくて唇を噛み締めていたら、カメ男が私の腕を引っ張って無理やり立ち上がらせてきた。
突然立たされたから、一体何事かと目を丸くしていたら。
そのまま宴会場から連れ出された。
ヤツの歩調は、こんな時でもやっぱりのそのそと遅かった。
賑やかな宴会場を背にして、カメ男は私に向かってボソッとつぶやいた。
「宴会、あと少しで終わる」
「え?あ、そうだね」
「もう戻ってもいいと思う」
話が全く見えないからこっちとしては困惑しちゃって、通訳だってもちろんいないし意味も伝わってこなくて。
ただ首をかしげるばかりだった。
「部屋」とヤツが言葉を続ける。
「大野は先に部屋に戻ったって言っておくから」
カメ男は私の返事を待たずして、くるりと体の向きを変えると宴会場へ戻っていった。
取り残された私。
状況を理解するのに精一杯で、返事も出来なかった。
ただひとつ分かるのは、カメ男に助けられたってこと。
それだけは分かった。