ウサギとカメの物語


もう宴会は終わった頃だろうな、というくらいの時間に、ひと足先に大浴場の温泉に浸かっていた。


須和が奈々に伝えてくれているはずだ。
私は先に部屋に戻ったから、と。


お風呂が大好きな私はいつも奈々よりも数倍の時間、温泉に浸かっているから、申し訳ないけれど彼女を差し置いて勝手に大浴場まで来てしまった。


ちょっと少しの時間だけでも1人になりたかったし。
ちょうどいい温度の温泉は、一気に私の体を温めて、そして心も温めてくれた。


熊谷課長のことを考えていた。
なんであんな奴に憧れてたんだろうって。
あの人の本性を知らないほとんどの女の子たちは、色々と損をしている。
普段は本当に爽やかで紳士的で、そして仕事が出来る人。
でも、裏側はそうじゃない。
自分の端麗な容姿を存分に理解していて、信じられないほどに自信を持っているんだろう。


私は嫌だな、そういう人は。
表も裏もない人がいい。
それは自分自身にも言えることで。
素の自分をさらけ出せるような、そんな人と付き合えたらって思う。


頑張って自分をよく見せようとしたり、いつも気を張って話さなきゃいけないのってやっぱり大変だもん。
いつかボロが出ちゃうだろうし。


私の全てを受け入れてくれる人、ちゃんといるのかな……。


もや〜っとして立ちのぼる湯気を見上げながら、同じようにもや〜っとカメ男を思い浮かべてしまって。
ハッと我に返る。


だからこの間から一体なんなんだよ、私は!
カメ男がなんだっていうの!
同期で話しやすくて気が合うってだけでしょうが!
まったく!油断も隙もない!
冗談じゃないわ、ほんとに!


ドポン、とお湯に顔を浸けて、気を取り直す。


いかんいかん。
ほんとにどうかしてるな。


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