ウサギとカメの物語
えっ、誰?
私、鍵掛けてなかったっけ?
そう思っているうちに、引き戸が開いた。
須和が、お風呂上りの浴衣姿で目をパチクリさせてこちらを見ていたのだ。
メガネの奥の細い目は、今まで見た中で1番見開いていた。
この時の私、たぶんムンクの「叫び」か、はたまた埴輪みたいな顔をしていたに違いない。
田嶋と奈々のあんな現場を目撃した時よりもよっぽど酷い顔をしていたと思う。
ヤツの姿を見た瞬間、私はなにがなんだか分からなくなって、叫ぶヒマも考えるヒマも無くて。
咄嗟に出た言葉が
「なんであんたがここに来んのよ!」
という世にも恐ろしい程の可愛くない言葉だった。
そして言ってから自分の今の格好を思い出して、ごろ寝して片方が浴衣から完全に露出した脚とか、崩れまくりの胸元とか(あ、谷間はもちろんありませんけどね)、乱れまくりの髪の毛とか、慌てて起き上がって最速で整えた。
「なんで、って。ここ俺と順の部屋」
カメ男はこんな時でも抑揚のない口調で冷静にそう言い、逆にこちらに尋ねてきた。
「どうして大野がここにいるの?」
そうか。そりゃそうだよね。
よく考えればこの部屋にも布団は2組敷かれているわけで。
必然的に田嶋と同室なのはカメ男だって分かるわけで。
もう、さっき見た田嶋と奈々のアレのせいで私の精神状態はぶっ飛んでたんだと思う。
いや、そういうことにしたい。
すでにヤツの顔からさっきの驚いた表情は消え去り、若干呆れているような雰囲気を醸し出している。
なんで私がヤツに呆れられなきゃならないのか、理不尽すぎて苛立った。
「私だって好きでここにいるんじゃないよ。追い出されたの!この部屋に行け、ってさ。だってね、部屋に戻ったら田嶋と奈々が……、そ、その……、あの……」
モゴモゴ言い詰まる私の様子に、ヤツは怪訝そうな顔で「なに?」と答えを押し迫ってくる。
空気で察してよ〜。
あんたも男なら分かるでしょうが〜!
まさか童貞とか言わないよね……。
それはそれで恐ろしいんですけど!
「だ、だから!あの人たち、くっついてキスしてたの!邪魔できない状況になっちゃってたの!」
えいやっ!とばかりにカメ男に言い放つと、しばしの沈黙のあとに、ふーん、とだけ感想を述べた。