ウサギとカメの物語
それからカメ男は部屋の中に足を踏み入れて引き戸をピッタリと閉め、冷蔵庫から缶ビールを取り出してテーブルに置くと、普通に座って飲み始めた。
おいおいおいおい!
いくらなんでも普通すぎるでしょ!
もっと驚くところ!
「ねぇ、どうして驚かないの?」
と、私が思わず聞くと。
ヤツはビールを飲みながらちょっと訝しげに目を細めて、缶から口を離したと同時に発言した。
「だってあの2人が付き合うのは時間の問題だったでしょ」
「そ、それはそうだけどさぁ……」
ふーん、っていう感想だけなの?
興味無いわけではないんだろうけど。
予想出来たことだから、大して驚かないってこと?
預言者か、あんたは!
「それに、今夜は私たち、この部屋で2人で過ごさなきゃならないんだけど」
よくそんな冷静でいられるな、とツッコミを入れたい気持ちを必死に押さえ込みながら口を尖らせる。
すると、カメ男はまたまた普通にコクンとうなずいてきた。
「うん。だからこうして飲んでる」
「はぁ、そうですか……」
もうこいつの言葉の足りなさはどうしようもない。
聞いたところで満たされる返事が来るわけでもないし。
ため息まじりに投げやりに返事をしたら、ヤツが私のそばにあるスルメに手を伸ばしながら
「さっきの宴会、大野の声が聞き取れなくてつまらなかったから」
と言った。
その言葉はちょっとだけ引っかかるものがあった。
私もつまらないな、って思ったから。
カメ男と会話が出来なくて、ヤツの声が聞こえなくて、楽しくなかった。
そう思ってたのは、私だけじゃなかったんだって分かって……。
無性に、嬉しくなった。