ウサギとカメの物語
お笑い芸人が面白い話をしていようが、イケメンが出てるドラマを放送してようが、流行りの歌が流れていようが。
もう私にはあまり聞こえなくて。
カメ男と飲むお酒が格別に美味しいことに気づいてしまって、酔っ払ってるのかなんなのか、自分でもよく分からなくなった。
2人でビールを7缶開けて、おつまみもたくさん食べて、
「今日、私……誕生日なの」
と、持ってきた焼酎に移行して少し経った頃に、どんな反応をするのかと思って試しにヤツに言ってみた。
ヤツは想像通りというか、やっぱりそう来たか、というか。
ふーん、って。
それだけしか言わなかった。
おめでとう、とかさ。
そういうのは言ってくれなかった。
期待もしてなかったけど。
ほんの少し寂しい気持ちになっていると、カメ男は何も言わずに立ち上がって部屋から出ていってしまった。
ヤツがいなくなった場所をボーッと眺めて、テーブルに肘をついて頬杖をつきながら、田嶋と奈々のことを思い出していた。
奈々が羨ましいなぁ。
今頃、好きな人の腕の中で眠っているのかな。
私なんて誕生日なのに、なんだかちょっと寂しくなっちゃってるんだけど。
どうしてこんな気持ちになってるのかなぁ。
分からないよ。
やがて瞼が重くなってきて、ウトウトし始めた頃。
そんなに時間は経ってないのかもしれないけれど、カメ男が部屋に戻ってきた。
フワッと背後にヤツの気配を感じて顔を上げようとしたら、それより先に頬に冷たい感触。
「うわっ」と思わず声を上げると、カメ男が口元を緩めて微笑んでいた。
メガネ越しに見える、ヤツの優しい目。
あらら。
なんだか柄にもなくドキドキしちゃってるよ、私。