ウサギとカメの物語


その後、時計の針が1時を過ぎたので、もう寝ようということになった。


当たり前だけど、私とカメ男は恋人同士でもなんでもなく、ただの同期です。
ヤツのことを好きだって自覚はしたけど、今のタイミングで告白する気もさらさら無いんです。


同じ紺色の浴衣を着て、洗面所で歯を磨きながら隣でシャカシャカ音を立てているヤツをチラッと見る。


参ったなぁ。


よりによってカメ男を好きになるとは。
よりによって誕生日に自覚するとは。
よりによってそんな時に同じ部屋に寝ることになるとは。
よりによって並んで歯を磨くことになるとは。
よりによって浴衣姿のカメ男に見とれてしまうとは。


ダメじゃない、私。
恋しちゃってるよ。
どうするよ、トホホ。


蛇口から水を出して口をゆすぐカメ男の背中に、「あのさぁ」と声をかける。


「襲わないでね」


私が放ったその一言で、ヤツにしては珍しくゲホッと咳き込んだ。
そして、水でダラダラになった口元を袖で拭いながらこちらを向くと、


「頼まれても襲うもんか」


と恨めしそうに文句を言っていた。


ニッコリ笑う私。
呆れ顔でため息をつくカメ男。


この距離感が、今は心地いいかな。







27歳の誕生日の夜に、ようやく全てが動き出した気がした。






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