ウサギとカメの物語
7 挙動不審なウサギと、冷静なカメ。
社員旅行から帰ってきた翌日から、また当たり前のようにいつもの日常が戻ってきた。
毎朝の冷え冷えする空気にすっかり慣れてしまったこの頃は、身につけるアウターも完全に冬物で。
ファー小物とか、手袋とか、大判ストールとか。
もういつ雪がチラついてもおかしくないな、というほどに寒い毎日になっていた。
月曜日の憂うつな通勤ラッシュに揉まれながら、窓ガラスに映る自分の顔を見て頬を意味なくつねる。
ギュッと痛む。
夢じゃないんだよねぇ、とポツンと思う。
私、いまだに全然信じられないんだけど。
カメ男のこと好きになっちゃってたんだよね、いつの間にか。
人を好きになるのってこんな感じだったっけ?
もはや色々とご無沙汰すぎて思い出せない。
だって私の好みのタイプとヤツは正反対。
キリリッと凛々しい濃いめの顔立ちで、いわゆるソース顔の正統派のイケメンが好きだったはずでしょ。
それから、目なんかはパッチリ二重が好きだったはずでしょ。
あとは、オシャレに気を使ってる人が好きだったはずでしょ。
リードしてくれる人が好きだったはずでしょ。
あいつったらどこも当てはまらないじゃない!
奥二重の野暮ったい細い目で、世間で言うしょうゆ顔でしょ。
凛々しいとか、男らしいとか、ましてイケメンなんてそういう言葉はどこにも見当たらないでしょ。
オシャレとは程遠い、普通のセンスしか持ち合わせてないでしょ。
リードなんて全くもってしてくれないでしょ。
でもなぁ。
なんだか居心地いいんだよね、カメ男って。
社員旅行で同じ部屋に寝て、朝起きた時に再確認したんだけど。
メガネを外したヤツの顔は、そんなにそんなにブサイクとかじゃないんだよね。
むしろ意外とまぁまぁ整ってんのよ、これが。
メガネマジックとはよく言ったものよね、ほんとに。
起きたてのちょっと腫れてる瞼とか、寝ぐせのついたボサボサの髪の毛とか見れて幸せなっちゃってるし、私。
カメ男は俺様でもなければ人懐っこいわけでもなく、あえて自分から余計なことを言わないだけの人であって。
なんていうのか、あの細い目から繰り出される「分かってるよ」「聞いてるよ」「知ってるよ」っていう心の声が私を揺さぶる。
ヤバいよおおおおお、気づいてしまったよおおお。
私、あいつのことめちゃくちゃ好きじゃんよおおお。
電車の中で1人、地団駄を踏んだ。