ウサギとカメの物語
仕事をしていて改めて分かったこと。
それは、私とカメ男の接点ってそんなに無いってこと。
まずは私たちのデスクは悲しいかな1番遠くて。
パソコンの隙間からなんとなくヤツの頭が見える程度。
時々電話とかしてると顔を上げたりしてるから姿は見えるんだけど、でも少ししか見えない。
別にチラチラ見るようなもんでもないし、ヤツと目が合ったからといってときめいたりするような感じでもないんだけど。
目立つこともなく、地味に黙々と仕事をしているカメ男。
そのスタイルはいつ見ても変わりなかった。
12月に入ってから年末に向けて仕事がどんどん忙しくなっているので、やることも多くて恋に現を抜かしている場合でもない。
ボーッとする時間も無ければ、ホッとひと息休憩をとる時間もそうそう無いので、デスクに張りつくように仕事に励む。
外線はいつもの倍以上鳴るし、内線も増えてきて。
事務課の負担は増すばかりだった。
毎年のこととはいえ、この時期は本当に大変なのだ。
すると、午後の2時を過ぎた頃。
熊谷課長が珍しく事務課のスペースにやって来て、ザッとメンバーを見渡したあと私の元へ歩み寄ってきた。
私はというと、手元にある資料の中身をパソコンに打ち込む作業に没頭していて、彼の存在には全く気づいてもいなくて。
課長がグッと顔を近づけて私のパソコンの画面を覗き込んできたことで、ようやく気がついた。
あまりにも顔が近かったので、思わずイスごと仰け反ってしまった。
「び、び、ビックリした……。課長、どうかしましたか?」
ちょっと横向いたら驚くほど近い距離に素敵な横顔……じゃなくて、それは表の顔なんだけど、課長の横顔があったから、違う意味で心臓がドコドコ鳴った。
もう半分、脅しみたいなもんだよ、この近さは。
熊谷課長はフッと微笑んで、
「忙しいところごめんね。ちょっといいかな?」
と私を呼び出してきた。