ウサギとカメの物語
私が真野さんにヘルプの話を報告に行くと、それはそれは驚いていて。
そしてものすごく困っていた。
「この時期にコズちゃんに抜けられると困っちゃうわねぇ……。岩沼支店でも大変だからヘルプの要請をしてきたんでしょうけど。でもどこも年末は忙しいから仕方ないか……」
「すみません……」
「コズちゃんが謝ることは無いのよ!」
気にしないで!と真野さんはいつもの優しい笑顔でそう言うと、何故か私ではなく違う方向をくるっと向いて少し大きめの声で
「ちょっとー!ちょっとー!須和くーん!こっち来てちょうだ〜い!」
と、カメ男の名前を呼んだ。
えええええ!何故!?
どうしてこの話の流れでヤツを呼ぶの!?
真野さん、お願いだから変なこと言わないでえええ!
内心めちゃくちゃ動揺して冷や汗をかきそうだったけど、出来もしないポーカーフェイスで涼しげな顔を作る。
はい、と静かな返事が聞こえて、ワンテンポ遅れてのそのそとカメ男が私たちのところへ歩いてきた。
「須和くん。コズちゃんがね、24日から29日まで岩沼支店にヘルプ行くことになっちゃったのよ〜」
イスの背もたれに背をついて真野さんが話をしてくれている間、カメ男は私の方をチラリとも見なかった。
ボッサボサの髪の毛でヤツの表情もあまり読み取れない。
いいのか、社会人として。その髪型で。
髪を切れ!と言いたいのをグッと堪えていると、真野さんがニコニコ微笑みながら「それでね」と手を叩いた。
「コズちゃんの仕事は、須和くんに引き継いでもらおうと思うのよ。あなた仕事早いから。いいかしら?」
でもでもでもでも。真野さん。
カメ男だってなかなかの量の仕事抱えてると思うんだけど。
大丈夫なの!?
何人かに振り分けるとかした方が良くないですか?
カメ男、あんたもなんか言いなさいよ!
普通に2倍の仕事量になるってことなんだから!
おいっ、カメ男〜!!
視線で訴えるも、カメ男は私のことは一切見ることもなく。
ヤツはあっさりうなずいた。
「はい、分かりました」って。