ウサギとカメの物語
「そう、良かったわ〜。須和くんなら安心して任せられるわ。あ、引き継ぎにどれくらいの時間がかかるのか、それは2人で相談してね〜。よろしく〜」
真野さん特有の、ほほほ、という笑い声がこだまする中で、ようやく私はカメ男に直接話しかけた。
「ねぇ……。ほんとに大丈夫なの?かなり量あるよ?」
「うん。大丈夫」
やっとカメ男も私と目を合わせてくれた。
そして、目を合わせたまま、
「引き継ぎは半日あれば間に合う?」
と聞いてきた。
ドックン!と心臓が飛び跳ねる。
うぉ〜、ヤバい〜。
私、こいつのこと好きなんだった。
見るな見るな、見るんじゃないっ!
私を見るんじゃないよ、カメ男〜!
思ってることと行動が伴わず不自然にあさっての方向に視線を外して、我ながら引きつってるなぁと思うような笑みを顔に浮かべる。
「半日と言わず2、3時間で……」
「……そう。じゃあ引き継ぎは23日の午後にでも」
「よろしくお願い致しやす………」
最後の方は自分でも何を言ってるのかよく分かんなくなって、フラフラしながらヤツの顔も見ずにデスクへ戻った。
しっかりしろ、大野梢!!
デスクの隅っこに置いている、いつもは見ていれば和むはずの他県のご当地キャラのマスコットを、雑念だらけの思いでひたすら見つめながら自分を叱咤する。
な〜にが「よろしくお願いしやす」だよ、バカ!
カメ男もちょっとは笑えよ!
目が合っただけでこんなドキドキしちゃうの、中学生じゃないんだからさああああああ!!
もう私は。
にじゅうななさいなの!!
いい加減落ち着きなさいよおおおおお!!
両手で顔を覆って、情けない自分に喝を入れた。