ウサギとカメの物語


とりあえず今はヘルプのことやカメ男のことをうだうだ考えたり、悩んだりしている余裕は無い。
仕事に集中しなくては、と背筋を伸ばして今一度パソコンの画面と向き合おうとしたら。


「大野さん!」


と、どこかで聞き覚えのある強い口調の女の声が聞こえて、げんなりしながら顔を上げる。


同期の総務課の久住が、仁王立ちでそばに立っていた。


あいも変わらずの巨乳を惜しげもなく強調するような体にフィットするアンサンブルニットを着て、かと思えば膝下丈のツヤツヤした素材のスカートを履いていて。
ちぐはぐなファッションに身を包んだ久住が私をしっかりと見下ろしている。


さすがだな、面白すぎるなぁ。
なんてのほほんと感想を思い描いていると、久住は私のデスクに雑に茶封筒を叩きつけてきた。


「これ。いつもの同期会の。お、し、ら、せ」


もっと普通にしゃべれないのかい、という心の声はどうにか寸のところで抑えて。
「ありがとう」と笑いをこらえつつ手に取った。


出た。忘年会ならぬ同期会。
そしてそれを仕切る久住。
もう毎年の光景だから文句も出ないし、当たり前のように受け取る。


彼女はご丁寧にカラープリンタで忘年会及び同期会のお知らせを作成し、わざわざ茶封筒に入れて持ってくる。
神経質な彼女の性格が伺えるような、詳細が記された内容。
仕事納めの29日の夜に、彼女が指定したお店に集まる。
今回はその出欠確認ということで、決められた期日までに出席するのか否か、返信を必ずするようにというお達しなのだ。


中身を読んで、毎年すごいなぁ、と感心してしまう。


仕切り屋の彼女からしたら、これだけお世話できるのは楽しくて仕方ないんだろうけど。


ここでふと気がつく。
そうか。この同期会は29日。
ということは、仕事は岩沼支店に行ったとしても、同期会に来ればカメ男に会えるかもしれないんだ。
ひゃっほー。


密かに喜ぶ私をよそに、久住は奈々とカメ男にも同様に封筒を渡して回っていた。
おそらくこのあとは営業課の田嶋の元にも行くだろう。


彼女は他の支店の同期にもキッチリ送り付けて、返信が無ければ内線を使ってまで出欠確認をすると噂で聞いた。


でもこの時ばかりは彼女にちょっと感謝した。
同期会が無いと危うく10日以上もカメ男に会えないところだったから。


そんなことを考えてしまう乙女な自分に若干引きもしたけれど。


< 153 / 212 >

この作品をシェア

pagetop