ウサギとカメの物語


「片想いなんですか?」

「……うん」

「そっかぁ。俺と一緒ですね」


どこかもの寂しげにつぶやく神田くんの横顔を見ていて、きっと美穂ちゃんのことを考えているんだな、ってすぐに分かった。


彼女は元気が無いながらも気丈に仕事にはちゃんと来ていて、秘書課のお姉様方に冷たい視線を浴びようとも頑張っている。
熊谷課長とのことを忘れようと必死にもがいている感じもした。


「しつこいかもしれないけど、俺、また彼女に告白してみようかなって思ってるんです」

「おぉ、すごい!かっこいいぞ、神田!」


神田くんって意外とそういうところは男らしいんだよね。
美穂ちゃんもいつか彼のそんな部分に惹かれるといいんだけど。


なんだか微笑ましくて「頑張ってね」と声をかけたのに、神田くんはどうしてなのか私の方は見ていなくて。
視線が少し後ろに向いていた。


え、なに?
何があるの?


神田くんの視線を目で追うと、私たちのすぐ後ろに須和がいた。


ヤツも寒いのか肩をすくめていて、私と神田くんが自分の方を向いたことに気がついて目を細めていた。
黒いコートに黒いマフラーで、ヤツは全身黒ずくめだった。


「須和さん、お疲れ様です!」

「うん。お疲れ」


普通に神田くんはカメ男と挨拶を交わし合っているけれど。
私はそれどころでは無かった。


「………………………………………………おいおい」


そりゃ無いぜ、カメ男さんよ。
あんたいつからそこに居たのよ?
どのへんから私と神田くんの背後を歩いてたのよ?
なんで気配消してたのよ?


━━━━━どこから話を聞いてたのよ?


たった数分前に神田くんと交わした会話を思い返す。


私、すっごい好きな人がいる、とか言っちゃったんですけどおおおおおおおおおおおお!!


聞いてないよね!?
そこは聞いてないよね!?
でも神田くんがいる手前、ここでカメ男には聞けないし!!
いや、ちょっと待って。
聞かれてたとしたらどうするよ。
どうする梢!!


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