ウサギとカメの物語


「それでね〜、順がそういう言い方をしてきたから私も黙ってられなくて。言い返したら拗ねちゃってさぁ」


目の前で変わるがわる表情をくるくる変えて、聞いてもいないのに昨日の田嶋とのやりとりを事細かに説明してくる奈々を見ながら、私は「へぇ〜」とか「ほぉ〜」とか、それらしい相槌を打ち続けていた。


彼女のノロケ話なのか痴話喧嘩話なのかよく分からない長ったらしい話を、かれこれランチの間ずーっと聞かされている。
いや、たぶんこれはノロケ話だ。


田嶋と想いが通じ合ってからというものの、奈々は幸せオーラを隠すことなくバンバン浴びせてきて。
私はつねにそれを全身に浴びて、すっかり当てられていた。


「その話にオチはあるのかい?」


途中、そんなことを突っ込んでみたんだけど、奈々は「え?」という顔をして


「そんなもん無いわよ」


とあっけらかんと返してくる。


人の気も知らないで色ボケ奈々め!
親友が絶賛片想い中だってのに、彼女は全く気づくこともなく話を続けている。


まさか夢にも思っていないでしょうね。
私がカメ男のことが好きだなんて。


頬杖をつきながら、彼女の話に耳を傾けつつフォークでパスタを巻き取る。
渡り蟹のトマトソースパスタは、濃厚で酸味があって、とても美味しかった。


「クリスマスは気兼ねなくラブラブ出来るねぇ」


と私が言うと、奈々はちょっと照れくさそうに顔を赤らめてコクンとうなずく。


「美味しいお店、予約してくれたみたい」

「へぇ〜、田嶋ってそういうのちゃんとしてくれるんだね」

「どうしよう、コズ。幸せすぎて死んじゃいそう」

「はいはい」


そのセリフ、君たちが付き合うことになってからもう10回くらい聞いたわい。

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