ウサギとカメの物語


ランチから事務所に戻る途中の廊下で、バッタリと田嶋と会った。
途端に奈々の顔がパッと明るくなる。


「順、今日行くからね」

「うん。帰りは少し遅くなると思う」

「大丈夫だよ」


あんたらは新婚か!と言いたくなるような会話を普通に繰り広げ、奈々と田嶋は熱い視線を交わしてそれぞれ仕事に戻る。


今日行くからね、って言葉。
何気にいいよね〜。
合鍵もらってるんだなぁ、って分かる。


そして親友の幸せな様子を見てると、自分自身の進まない恋愛にため息が漏れそうになったりして。


今日は23日。
私の岩沼支店へのヘルプは明日から。
あっという間に目前に迫った初めてのヘルプに、今から若干緊張もしていた。


午後の仕事を始めようとデスクに戻ってすぐに、私のそばに須和が近づいてきた。


何事かと思ってヤツを訝しげに見上げると、カメ男は


「明日からの引き継ぎ、もう始める?」


と聞いてきた。


その瞬間、アッと声が出そうになって慌てて抑える。


忘れてた……。
あろうことか、忘れてた。引き継ぎのこと。
そういえばカメ男に全部引き継ぐって話だったんだよね。
23日の午後って約束してたじゃない。


「そ、そうそう。そうだったね。今からでよければ引き継ぎしてもいい?」

「うん」


カメ男は自分のデスクからイスをコロコロと押してきて、私の隣にそれを配置するとストンと腰を下ろした。
そんなに大きくもないひとつのデスクに2人が並ぶっていうのは、なかなかな至近距離で。
やけにドキドキうるさい心臓と格闘する。


こういうスタイルで仕事をするのは、新人の時以来。
先輩の横にイスを置かせてもらって、必死にメモを取りながら仕事を覚えたっけ。


< 166 / 212 >

この作品をシェア

pagetop