ウサギとカメの物語
ランチから事務所に戻る途中の廊下で、バッタリと田嶋と会った。
途端に奈々の顔がパッと明るくなる。
「順、今日行くからね」
「うん。帰りは少し遅くなると思う」
「大丈夫だよ」
あんたらは新婚か!と言いたくなるような会話を普通に繰り広げ、奈々と田嶋は熱い視線を交わしてそれぞれ仕事に戻る。
今日行くからね、って言葉。
何気にいいよね〜。
合鍵もらってるんだなぁ、って分かる。
そして親友の幸せな様子を見てると、自分自身の進まない恋愛にため息が漏れそうになったりして。
今日は23日。
私の岩沼支店へのヘルプは明日から。
あっという間に目前に迫った初めてのヘルプに、今から若干緊張もしていた。
午後の仕事を始めようとデスクに戻ってすぐに、私のそばに須和が近づいてきた。
何事かと思ってヤツを訝しげに見上げると、カメ男は
「明日からの引き継ぎ、もう始める?」
と聞いてきた。
その瞬間、アッと声が出そうになって慌てて抑える。
忘れてた……。
あろうことか、忘れてた。引き継ぎのこと。
そういえばカメ男に全部引き継ぐって話だったんだよね。
23日の午後って約束してたじゃない。
「そ、そうそう。そうだったね。今からでよければ引き継ぎしてもいい?」
「うん」
カメ男は自分のデスクからイスをコロコロと押してきて、私の隣にそれを配置するとストンと腰を下ろした。
そんなに大きくもないひとつのデスクに2人が並ぶっていうのは、なかなかな至近距離で。
やけにドキドキうるさい心臓と格闘する。
こういうスタイルで仕事をするのは、新人の時以来。
先輩の横にイスを置かせてもらって、必死にメモを取りながら仕事を覚えたっけ。