ウサギとカメの物語
事務課はみんな満遍なく同じ仕事をやっているわけでは決してなくて。
それぞれ受け持ちの顧客もあるし、その中でも法人個人と分かれていたりする。
計算して集計して電卓をたたいてパソコンに入力して。
そういう一般的な事務作業ももちろんあるけれど、意外にお客様とのやり取りも業務の中に組み込まれている。
そして、雑用も。
年末だし月末だし。
いつもの仕事よりも量が多いから捌くのもひと苦労なのだ。
「少し前にリストアップはしておいたんだ」
デスクの一番下の引き出しに入れてあるファイルからレジュメを出して、カメ男に渡す。
ヤツはそれに目を通しながら、
「忙しそうだね」
と、まるで他人事のようにつぶやいていた。
手元に置いてある顧客ファイルをカメ男に見えるようにして、少しゆっくりめの口調で
「ナンバー3の顧客リストの、ここからここまでが25日の15時までに集配を終わらせなきゃならないのね。ドライバーさんとの連携の兼ね合いもあるから、連絡は密にしてほしいの。で、この人がくせ者で15時までと言いながらも14時半を過ぎるとクレームが入るから……」
と説明していたら、ヤツはおもむろにワイシャツの胸ポケットに差していたボールペンを出して、メモを取り始めた。
男性にしては綺麗な字。
サラサラ書いているヤツのペン先は、私の言葉を几帳面に一言一言きちんと書き留めていた。
そのあと、水色のファイルをカメ男に丸ごと渡して、ヤツがそれを読んでいる間にパソコンを操作してファイルを開く。
カメ男はファイルの中身とパソコン画面を見比べて、下がってきたメガネを指でクイッと上げた。
そして、ファイルに視線を落として首をかしげた。
「このファイル、マニュアル?」
「うん、そう」
「こんなのあったの?今まで知らなかった」
「私が作ったの」
何かおかしいところでもあったかな、と不安になりつつ答えると、カメ男は少しだけ目を見開いて
「なんのために?」
と問いかけてきた。