ウサギとカメの物語


「買い物?」


目ざとく私の手元を見てカメ男がそんなことを聞いてくる。


今私が出てきたお店がなんのお店なのか、パッと見て分かるでしょうよ。
そうですよ、ご褒美という言葉にかこつけて買ったんですよ、ダイヤモンド。
ちっこいやつだけど。


「お生憎さまで彼氏がいないもんで。誰にもロマンチックなプレゼント貰えないから自分で買ったんですぅ〜」


何か文句でもありますか?って顔で言い捨ててスタスタと歩き始めると、ヤツも私の隣を歩く。
歩くスピードが違うので、すぐにカメ男に合わせて歩調を緩めた。


カメ男は「ふーん」とつぶやいたあと、思い出したように首をかしげた。


「大野の好きな人って、やっぱり熊谷課長なの?」

「…………………………はい?」

「この間、社内に好きな人いるって話してただろ」


まさかのヤツの問いかけだった。


こいつが言う「この間」とは、私が神田くんに好きな人の存在を明かした時だ。
やっぱりカメ男は私と神田くんの会話をしっかりと聞いてしまっていたらしい。
しかもこれまた困ったことに、あれだけ愚痴りまくっていた熊谷課長をいまだに好きなんだと勘違いしてやがる!
そんなワケないっての!


「熊谷課長じゃないよ」


須和、あんただよ!
という心の声はもちろん実際には出さずに、平静を装って否定する。
ついでにヒントもくれてやる、と特別に付け加えた。


「私の好きな人はイケメンでもなんでもない、ちょっと変なヤツなの!」


カメ男は本気で分からないらしく、眉を寄せて渋い顔をしていた。


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