ウサギとカメの物語


「イケメンってやつの基準が分かんないけど、総務とか経理にそういう変なヤツいるんだね」


というカメ男の言葉から察するに。
ヤツはこれっぽっちも自分のことだなんて夢にも思っていないらしい。
ははぁ、相当鈍感なんだな。


「総務でも経理でもないんですけど」

「へぇ〜。じゃあ営業か。まさか既婚者じゃないでしょ」

「違うっつーの!営業でもないし既婚者でもない!」


いい加減イライラしてきた。
なんでこの男はこんなに鈍いわけ?
そんなに私のことは恋愛対象になってないってこと?


のそのそと歩きながら、ヤツは当ててやろうとでも思っているのか本気で悩んでいて。
その姿がさらに私の怒りを買う。


そもそもどうして私はこんな鈍感男に気を使って話をしてるんだ?
あぁ、バカバカしい!


カメ男は私の怒りなんて気づいておらず。
しばらくの間悩み続けた挙句、出した答えがこれだった。


「まさか…………神田?」


プチン、と私の中で何かが切れた。
この時の私は世にも恐ろしい顔をしていたに違いない。
鏡があっても見たくない程に。


すっとぼけた表情を浮かべたカメ男は、のほほんとした口調で


「大変だな、大野も」


とかなんとか言っている。
神田くんが美穂ちゃんに想いを寄せてるから、私の完全なる片想いだって思い込んでいるらしい。


「あのさぁ」と、自分の口から出た声が震えていた。
怒りで震えちゃってるよ。
こういうことってあるのね、実際。


「あんた、自分かもしれないとか、そういうことは思わないわけ!?」


私の訴えるような声を聞いて、カメ男ははてなマークを頭の上に浮かべた。


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