ウサギとカメの物語


そして、やっと意味を理解した模様のヤツは浮かべたはてなマークをひとつずつ回収するように、ゆっくりと、本当にゆっくりと歩いていた足を止めて。


私をじっと見つめていた。


「…………………………え?…………俺?」


メガネの奥に見える奥二重の細い目が、ここまで大きくなることもあるんだってくらいに見開かれる。


…………なによ。
そんなに驚くことないじゃない。
てことは、よっぽど私ってカメ男にとって恋愛対象外だったんだな。


「今頃気づくなんて遅すぎるよ。ここまで言わせてさ。男として終わってるよ。どんな思考回路してんのよ」


賑やかな街のざわめきは私たちだけを取り残して行き交っていて、私が言い放った冷たい響きを持った言葉が妙に強く聞こえた。
そんな言葉を自分1人に向けられてるんだと悟ったのか、カメ男はゴクンと息を飲み込む。


忙しく道行く楽しげな人たち。
ヤツと私だけが立ち止まって見つめ合ったまま。


ずーっとそのまま。
いつまで経ってもそのまま。
どこまで待ってもそのまま。


ついに堪忍袋の緒が切れた。


「なんとか言いなさいよ!どうして黙ってるわけ!?ウンとかスンとか、いや、イエスとかノーとか、それくらいも言えないの!?」


まくし立てるように私に言いすくめられ、カメ男は困ったように瞳を揺らす。


あぁ、そうかい。
それがあんたの返事ってわけね。


「はい、分かりました!もういいっ!なんであんたのことなんて好きになっちゃったんだか!もうどこにでも行っちまえカメ男!!」


買ったばかりの大切なダイヤモンドが入っているというのに、勢い余ってその紙袋で突っ立っているヤツの肩を叩く。


変型した紙袋をそのまま持ち直して、


「いい!?ついてこないでよ!あんたと同じ電車に乗るなんてまっぴらゴメンなんだから!!ここで1時間突っ立って、そのワケの分からない頭で色々考えてよね!!」


と怒鳴ると、私はヤツに背を向けて駅方面へ全速力で走り出した。


カメ男は最後の最後まで困惑したような顔をしていた。
それが一瞬垣間見えてしまったから余計にやるせない。

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