ウサギとカメの物語


でも、まだ眠った振りをしていよう。


ヤツにもたれて触れてる部分があったかくて、心地いい。


だから、もうちょっとだけこのままで……。






「お客さん、着いたよ。2,580円ね」

「はい。これで」

「20円のお釣りだね〜。毎度!」



そんな会話がすぐ近くで聞こえて、タクシーのドアが開く音。
耳元で聞こえたのは確かにカメ男の声だった。


スーッと冷え切った空気が車内に流れ込んできて、ブルっと身震いしそうになる。


大きな手が私の背中と膝の裏に当てられて、グッと力がこもる。
同時に体がフワッと浮き上がった。


…………おや?
おやおやおやおや?


もはや寝たふりをしているので、目は開けられない。
でもとりあえず、飲みすぎてぼんやりしていた頭は少しずつハッキリしてきた。


もしかして、私。
いや、もしかしなくても。


カメ男にお姫様抱っことやらをされているんじゃなかろうか。


車の走り去る音が聞こえたあと、体がちょっと揺れて断続的に続く。
カメ男が私を抱えたまま歩いているみたい。


カンカンカン、と金属の音。
鉄製の階段を上ってる音かな、これは。


私が酔い潰れたと思って、また泊めてくれるんだね……。


寝たふりなんかしてゴメン。
迷惑かけてゴメン。


今は甘えてもいいかな……。
ちょっとだけ。


カメ男の温もりが伝わってきて、幸せな気持ちになってしまった。


なんて図々しい女なんだろう、って自己嫌悪と戦いながら。

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