ウサギとカメの物語
「空っぽの大野の席」
ポツリと、カメ男が話す。
私はドアに背をつけたまま、じっとヤツの目を見つめていた。
「1週間、空っぽの大野の席を見てた。いないのは分かってるのに、気づいたら探してた。大きな口を開けて楽しそうに笑ってる顔がどこにも無いから、どこに行ったんだろうって……」
カメ男が一生懸命話している姿。
それは驚くほどに新鮮で可愛らしくて。
そして悲しくて冷たかった心が少しずつあったかくなっていく。
「1週間見なかっただけなのに、会いたくなった。…………大野に、会いたくなった」
やっと、聞こえた。
カメ男の………………、須和の気持ち。
誰かを好きになるタイミングって、本当に人それぞれ。
一目惚れだってあるし、いつの間にか好きになってることもあるし、いなくなってから気づくこともある。
要は好きだって気づくタイミングがいつなのかってこと。
それはヤツにとっては、どうやら私がヘルプでいなかった約1週間というタイミングだったらしい。
滲みかけてた涙は引っ込んで、その代わりにどうにもニヤけそうな顔をどう隠そうかと困り果てる。
あぁ、隠さなくてもいいのか。
と、気づいた。
私たち、両想いになれたってことなんだよね。
両手をそっとカメ男の頬に伸ばす。
ヤツは体をかがめて、私は背伸びをして。
唇を、合わせた。