ウサギとカメの物語
でもそんな私にも、気になる人くらいはいる。
同じ会社の、私の上司に当たる熊谷課長。
33歳独身。
高身長に爽やかな笑顔。
黒くて少し長めの髪に、趣味はサーフィン。
いつも完璧な出で立ちで仕事をしていて、女子社員がきゃあきゃあ言ってしまうほどの端正な顔立ちで、かく言う私もきゃあきゃあ騒ぐうちの1人。
熊谷課長が春に異動してきて半年。
私をはじめ、ほとんどの独身女子社員は彼の虜になっていた。
一度でいいから彼のような人とお付き合いしてみたい。
並んで手を繋いで買い物したり、デートしたい。
彼の運転する車の助手席に乗ってみたい。
2人で向かい合ってワインを飲んでみたい。
私の手料理で彼を笑顔にしたい。
あー……なんなら彼の腕枕で寝てみたい。
あらぬ妄想をしながら、今日も地道に仕事に励む。
そうでもしないと、このなんの動きもない日常をやり過ごせない。
もはや私の日々の楽しみといえば、バーチャル熊谷課長とのデートを頭の中で繰り広げることと、たいてい毎週末に予定が入っている飲み会くらいだった。