ウサギとカメの物語
「夢のオフィスラブを、まさかカメ男とするなんてね……」
心の声が言葉になってしまって、慌てて口を両手でふさぐ。
ヤツは私のつぶやきを聞き逃したようで、ポカンとした顔で
「なに?聞こえなかった」
と、まだちょっと眠そうな声を出していた。
「なんでもない」
私はそう言ってベッドから起き上がり、昨夜床に脱ぎ捨てられた(正確にはカメ男に剥がされた)しわくちゃになってしまったブラウスを広げた。
「アイロンある?」
「無い」
「………………」
男のひとり暮らしってどうしてこう、色々とアイテムが足りないのか。
毎日ワイシャツ着てるんだからアイロンくらい持ってたっていいのに、きっとクリーニングに出しちゃうタイプなんだな。
仕方なくシワだらけのブラウスを着て、ヨレたストッキングと、これまたシワになったスカートを履いて。
昨日の夜と全く同じ服を着た私は、バッグから携帯を出してさやかにラインを送った。
『ごめん。今夜の合コン行けなくなった』
急にキャンセルして怒られそうだけど。
まさか合コンの前日にカメ男と両想いになれるとは思ってなかったもんだから。
「今夜は予定ある?」
ベッドに横になったままカメ男に尋ねられて、私はちょっと驚いてヤツの方を振り返った。
「光のページェント見に行こう」
カメ男の誘いはとても意外だった。
だってあんなに綺麗なイルミネーションを、ただの電飾とまで言っていたというのに。